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ニューラルネットワーク小史(覚書)

60年かかって視覚の一部を普通にコンピュータで扱えるようになったということか。

 

バラモン教時代のタンブン的発想(覚書)

供犠によりカルマを高めると、その見返りがあるはず。それが必然的な結果とならねばならない。もしそれが現世で発言しなければ、来世にて現れる。(=タイのタンブン的な思想のあらわれ)

ヒンドゥー教の輪廻と業と、タイのタンブン(断片的試論)

カルマによって来世の定めが決まるのはヒンドゥー教

カースト(この再生産性を論点とする)があり、これが一番現代人権感覚として受け入れられない、入れてはいけない批判対象。

その身分制を変更できない宗教的な教義として輪廻とカルマがある。つまり、現世ではカルマを積んでもカーストを変更することができないが。来世において高いカーストを得ることができるという理屈。

輪廻(サンサーラヒンドゥー教では、輪廻を教義の根幹とし、信心と業(カルマ、karman)によって次の輪廻(来世)の宿命が定まるとする。具体的には、カースト(ヴァルナ)の位階が定まるなどである。生き物は、行為を超越する段階に達しないかぎり、永遠に生まれ変わり、来世は前世の業(行為)によって決定される。これが、因果応報の法則(善因楽果・悪因苦果・自業自得)であり、輪廻の思想と結びついて高度に理論化されて一部のインド人の死生観・世界観を形成してきた。

ヒンドゥー教 - Wikipedia

 

対して上座部仏教では。

例えば上座仏教では、釈迦在世時に存在したバラモン経典を、三つのヴェーダまでしか認めておらず[1]、釈迦以前のバラモン教に輪廻思想は存在しなかったとする。もちろん、当時の自由思想家たちが輪廻思想を説いていたことは明白であるが、彼らはバラモン教徒ではなかったことに注意すべきである。

業 - Wikipedia

タイにおいてはタンブンと言うかたちで来世のための徳を積むことがある。つまり現世での救いはない。しかしこれはゴータマ・ブッダの教えとは異なる。