呪術師としてのコンサルタント(断片的試論)

レビストロースを読んでるとコンサルは呪術師とかと同じなんじゃないかと思う。どんなに近代的な言葉や言説を用いても、高いスーツでも、ITを駆使しても。

全知全能の神や霊がありそれと交信できるのは呪術師なのと同じで。経営の答えのようなものがあって(本当は極めて文脈依存なのでありえないのだろうけど)、それにアクセスできるのはコンサルだけみたいなユーザ側の神話があり。

実態は、断片的な事実の解釈によって納得感の醸成半分と、催眠技法的な語り口によるもの半分。

いわゆるプリコラージュと彼が言ったものに、脳をごまかす手法を巧みに使っている意味で大した差がない。

上座部仏教での在家による教義のあきらめ(断片的試論)

上座部仏教のイマイチな僧の説法や、非仏教徒混ざって理解した在家信者が、もともとの(業は全て現世の自分の行いの所為であり前世は関係ない)厳しい教義の仏教から視線を落として、単に徳を積むことで現世でよく生きられれば。または来世でよく生きられればとして信仰を変容させていった。これはブルマやタイで変容したのではなく、仏教が広まる中で発生していったもの。逆に言うと、為政者、権力者によってもたらされたものであるという歴史的な根拠はなさそうである。

 このあたりでなぞの結論出た。

タンブンは在家の信仰のなかに生まれていったもので。仏教の教説と異なってしまっていることは、それは在家の信仰だから仕方がない。なんとも予想通りの結論だ。。。

それでも、輪廻転生とカルマの思想、さらにそれによって再生産されるカーストは現代人権意識としては受け入れられないので。たとえインドのそれよりモデレートされているとしても、概ね許容されるものではない。

ニューラルネットワーク小史(覚書)

60年かかって視覚の一部を普通にコンピュータで扱えるようになったということか。