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上座部仏教での在家による教義のあきらめ(断片的試論)

上座部仏教のイマイチな僧の説法や、非仏教徒混ざって理解した在家信者が、もともとの(業は全て現世の自分の行いの所為であり前世は関係ない)厳しい教義の仏教から視線を落として、単に徳を積むことで現世でよく生きられれば。または来世でよく生きられればとして信仰を変容させていった。これはブルマやタイで変容したのではなく、仏教が広まる中で発生していったもの。逆に言うと、為政者、権力者によってもたらされたものであるという歴史的な根拠はなさそうである。

 このあたりでなぞの結論出た。

タンブンは在家の信仰のなかに生まれていったもので。仏教の教説と異なってしまっていることは、それは在家の信仰だから仕方がない。なんとも予想通りの結論だ。。。

それでも、輪廻転生とカルマの思想、さらにそれによって再生産されるカーストは現代人権意識としては受け入れられないので。たとえインドのそれよりモデレートされているとしても、概ね許容されるものではない。